平成二十七年 三月十八日 青山霊園(港区)

3月18日。

憂国我道会は、港区青山霊園において、朝鮮の志士・金玉均の墓、枢密院議長・清水澄の墓、解放運動・無名戦士の墓を奉拝した。

金玉均は、李氏朝鮮後期の政治家である。日本・朝鮮・中国の3国が互いに同盟を結んでアジアの衰運を挽回するべきだという「三和主義」を唱えた人物である。金玉均の思想は、日本のアジア主義にも深い影響を与えている。

清水澄は、大正天皇や昭和天皇に憲法学を憲法学を進講した法学者である。
終戦後には、最後の枢密院議長を任ぜられた。昭和22年9月25日、日本国憲法施行を見届けたのちに大日本帝国憲法に殉じて、熱海の海岸で身を投げられた。遺書には、その自殺が中国の戦国時代の楚国の屈原が汨羅(べきら)の淵に投身自決した故事に倣ったと記してある。金沢市の石川県護国神社には「清水澄博士顕彰碑」がある。

解放運動無名戦士墓は、日本の社会運動や革命運動に身を投じた人々が合葬される共同墓所である。「女工哀史」の著者でルポライターの細井和喜蔵の印税を使って1935年に建立された。現在も有志による合同追悼会が毎年春ごろに開催されて、その度ごとに新たな合葬がなされている。

合葬者の総数は4万693人である(2013年時点)。

4万693人の合葬者の中には、細井和喜蔵、スペイン内戦に日本人義勇兵として参加したジャック白井、プロレタリア文学者の葉山嘉樹、「朝日訴訟」原告の朝日茂、那覇市長の瀬長亀次郎、日本共産党の初代書記長の徳田球一、「部落解放の父」と呼ばれた松本治一郎がいる。